パルティアは国内の社会的相違が激しく

それを反映して政治体制は地方分権的であった。領内に多数の従属王国を抱え、また無数の領主が存在していた。社会的階層として頂点にいたのは王族たるアルサケス氏族であり、アルサケス氏族の出身者のみがパルティア王位、及び従属王国の王位に付く事ができた。また従属王国の王位は厳しく序列分けされたが、インド・パルティア王国のように事実上の独立王国といえる状態に到った王国や、一時バビロニアを制圧して強勢を誇ったカラケネ王国などの例からもわかるように、時代によって各王国の地位、立場は変化した。パルティア内の主要な王国ペルシス王国インド・パルティア王国カラケネ王国エリマイス王国(エラム)アルメニア王国(厳密にはパルティア内の王国とは言い難い)アトロパテネ王国(メディア)アディアバネ王国7大貴族パルティアで大きな影響力を振るった7つの氏族があった。パルニ氏族スーレーン氏族カーレーン氏族ミフラーン氏族アスパーフパト氏族ソーハ氏族ダーハ氏族これらの大貴族らの中には、サーサーン朝時代にまで影響力を振るったものもあった。
update:2009年09月11日